「ゆりかごから墓場まで」第二回・釈迦寺

ID51 釈迦寺 影山教俊さん、妙彗さん

お坊さんが安房マネーに参加しているというので、以前から気になっていた。運営委員会で2014年度は誕生から死までというテーマで記事を載せようということになったので、釈迦寺を訪問した。

釈迦寺は鴨川漁港の近くでこじんまりしたお寺だった。影山教俊さんは62歳とはとても思えないほど若々しい、奥さんの妙彗さんも同じ志を持って生きておられると強く感じた。

予備知識がゼロだったので『寺と仏教の大改革』(影山教俊著)と『寺からの手紙』」(影山妙彗著)と直前に読み、にわか勉強して出かけた。

 

ーー「インド的生活」をしておられるとのことですが、「インド的生活」ってどんな生活でしょう?

影山(以下K)インドでは宗教者の生活の根本には「輪廻転生」と「因果応報」があります。インドにタータという人がいて、この人は鉄鋼王と自動車王なのですが、質素な生活をし、従業員に利益を還元し、従業員をとても大切にした経営をしています。もてる者はもてない者に奉仕しますが、その根本は「因果応報」です。

また数年前、インドのムンバイで衛生局が狂犬病のために大量の野犬狩りと殺処分する事件があったのですが、それに反対して2~3万人がデモをし、野犬狩りを中止させました。犬へと生まれ変わった身内の人がいるはずだと、人々は信じているのです。

「因果応報」と「輪廻転生」は宗教者だけでなく、人々の中で深く信じられ、生活や考え方の根本になっているのです。私の生活もそれが根っこにあります。インド的生活とは例えば、早寝早起き、昼と夕2回玄米菜食の食事、瞑想・・・。生活としての仏教です。

 

ーー御著書の中で「日本仏教は死んだ」とおっしゃっていますが・・・・。

K 影山―現在の日本仏教は、人間の死を商品化してしまっています。そこには宗教は存在しません。人間の尊厳がなくなってしまっているのです。こんなことでは宗教家はやってられません。葬儀法要を商品にすることで、いまお寺はかろうじて成り立っているのです。

現代の寺院社会は、檀家さんだけで成り立っているお寺は3分の1、いくつかのお寺を兼務するかサラリーマンなどをしている場合がが3分の1、住職のいない寺が3分の1というのが現状です。釈迦寺の檀家は100軒たらずですが、幸い私は修行者を指導できる資格(相伝)を持っていて、宗教者としての実践で生活ができています。葬儀法要だけでなく社会福祉法人の相談室やカウンセリング、仏教生活の基本のアーユルヴェーダ・トリートメントやヨーガ指導など等、檀家だけでなく地域の人々と共に実践することで寺院運営をしています。江戸時代までの仏教は庶民と共にあったのです。

ーーなぜ葬儀法要が商品になってしまったのでしょう?

K 影山―第二次大戦後の宗教法人法の改定によって、伝統教団の指導体制が崩れてからです。昭和22年の農地解放によって宗教教団は農地など「寺領」を失ったので、寺院運営の経済的基盤を葬儀法要のお布施に頼らざるを得なくなったのです。寺院では宗教的な伝承を伴わない、単なる寺院の父子相続が多く繰り返され、事実上世襲化してしまったのです。

特に金持ち寺院は父子相続によって占有化され、金持ち寺院の住職が宗教行政を行うことになり、遂に全体が、顧客化された檀家のお布施に依存する葬儀法要型の運営に変質し、葬儀法要が商品になってしまいました。

ーー葬儀法要批判の立場から、お金ではない地域通貨・安房マネーに参加されたのではないかと推測していたのですが・・・。

K 影山―以前、釈迦寺のちかくにアヌエヌエというcafé&ゲストハウス(元安房マネー会員)がありました。アヌエヌエがHPにリンクさせてほしいといってきました。それがきっかけで安房マネーに参加しました。

お寺で週1回ヨーガをやっていますが、その頃から安房マネーが使えるようにしています。1回500awa+¥500です。私たちの考えを広めていくために安房マネーに参加しよう、と思ったのです。それ以降、環境系の人達とのお付き合いが始まりました。

私達は、葬儀法要を“ありがたい”と思っていただければお金でのお布施を受け取りますが、基本的に葬儀法要は無料でやるべきだと思っています。実際に1日10000awa+交通費で行います。葬儀法要を無料でやるのは修行としてなのです。僧侶が、葬儀法要を無料でやれるようになればお寺は変わると思います。人々の宗教によせる気分が、商品から引き離され、宗教として社会化されるからです。

少子高齢化社会で実際に葬儀は増えましたが、逆に経済問題で僧侶を呼ばないことが多くなりました。特に大都市ではそうです。寺院での葬儀が減少しそれと共に、イオンやファミリーマートなどが坊さん派遣業を後押しして、僧侶派遣を始めているのです。葬儀10万円、法要2万円だそうです。いま葬儀法要は完全に商品化されています。

 

ーーあわマネーのダイジェスト版を見ると、葬儀法要:1日10000awa+交通費、カウンセリング:3000awa、ヨーガ教室:1回500awa +¥500、アーユルヴェーダ・トリートメント:1000awa、方位相談、祈祷:1000awa とgive youで発信されていますね・・・・。

K 影山―カウンセリング、ヨーガ、アーユルヴェーダなどをあげている理由は、インド医学では、これはお釈迦様が源流なのですが、自身の体について内観せず、内観できなければ、昨日と今日の体調の違いすら気づけずに悟れるわけがないからです。

アーユルヴェーダのアーユルとは生命、ヴェーダーは科学を意味します。生命科学なのです。病気の根本原因は心にあると考えます。「心一境性」(心が1つになっておさまる三昧の体験)、つまり無心が病気を治す根本なのです。無心は呼吸法によって得られます。理解するとは実践することです。

西洋の考えでは、自己分析―精神分析によって不安を超えようとします。しかし、そのことによっては自己愛は超えられないのです。

自己愛を超える技術、これを東洋から学びました。瞑想がそれです。瞑想によって自分の中から沸いてくるものを体感する。この体験の技術こそ仏教なのです。

玄米を100回かむことも瞑想といえるでしょう。気づきです。私達はマクロビオティックの食事会やヨーガ、断食を月1回皆さんとしていますが、それはそうした実践の中で「いのちを楽しむ生き方」の技術を学んでいこうとしているのです。

ーーインタビューが一段落した時、美味しい玄米菜食の食事をいただくことになった。

食事をしながら、霊魂は存在するか、僕自身の体験で常々疑問に思っていることをお尋ねした。興味深いお話だった。

Comments are closed.